第二部 不当判決の分析

 3月28日、東京地裁において申し渡された一審判決は、不当きわまりないものでした。判決文全体をとおして、あらゆる所に事実誤認、論点の回避が見受けられました。そして最も問題なのは、東大確認書、八四合意書、寮自治会による管理運営の実態が事実として認定されたにもかかわらず、それが地裁の「争点に対する判断」に全く影響を与えていないことです。さらに「廃寮」決定の問題性や権利濫用に関する「判断」は基本的にすべて、「95年10月17日に、学長が『廃寮』を決定したので、『廃寮』である」ということのみによって適法であるとされており、その論述はたった一文しかないのです。あれほど膨大な準備書面、陳述書、そして永野三郎学部長特別補佐の証人尋問(以下、永野尋問と呼称)において追求され明らかにされた91年10月の教授会における「廃寮」決定の非民主性、そして「確認書」「合意書」違反はそれを事実として認定しながら、すべて無視され、判断すること、論理の俎上に上げることすら回避されているのです。これのどこが、裁判所の「判断」としての判決なのでしょうか。また、学生の度重なるストライキや学生投票などの反対の意思表示、当局の度重なる実力行使、違法な自力救済行為に関しても判決は何ら言及していません。これに対して駒場寮自治会は判決の翌日提出した主張書面において、「判断の脱漏ないし審理不尽」として強く批判しています。  この判決において、司法の「判断」は実質的に全くなされていないといえます。国・東大当局の主張を追認し、判断は本質的な争点に踏み込もうともしない。ここではそのような一審判決を分析することによって、その不当性を明らかにします。

1 判決の構造
 判決は102ページからなり、判決の「主文」が最初におかれ、その「事実及び理由」が残りのほとんどを占めています。「事実及び理由」は大きく「事実の概要」と「争点に対する判断」に区分され、「事実の概要」はさらに、「前提事実」「争点」「争点に対する当事者の主張」に分けられます。地裁の判断が示されるのは、「主文」「争点に対する判断」そして事実を認定する「前提事実」であり、分析はそのそれぞれについて行っていきます。ただし「争点に対する当事者の主張」及び「争点に対する判断」の分析は争点ごとに寮自治会、国・東大当局、東京地裁の主張を併記し「3 争点に関する三者の主張とその分析」で述べたいと思います。

2 主文
 主文は、以下の三文からなります。

 一 被告らは原告に対し、別紙目録記載一及び同目録記載二の各建物を明け渡せ。
 二 訴訟費用は被告らの負担とする。
 三 この判決は仮に執行することができる。

 別紙物件目録記載一は中寮、二は北寮です。判決は以上のように寮自治会・寮生に対して「明け渡し」を求めるという全面的に原告である国・東大当局の主張を認めたものとなっています。

3 「前提事実」の分析
 「前提事実」はその名の通り、裁判官が判断を示す上での前提とした「事実」のことです。しかし、この裁判は裁判官が証拠調べ(証人尋問など)にたいして極めて消極的な姿勢を示しました。3人の証人尋問も寮自治会が学内外の運動を行った結果として、認められたものなのです。国・東大当局は準備書面でも多くの虚偽の陳述を行っています。これらを事実調べもせずに鵜呑みにしている部分が判決では多く、よってこの「前提事実」も多くの誤りを内包したものとなっています。
 しかし、「前提事実」はこの判決で唯一評価できる地点も含んでいます。それは東大確認書、八四合意書、寮自治会による寮運営の実態などを事実として認定し、さらに「廃寮」決定に際し東大当局が事前に寮生と話し合うことをしなかったことを認定しているのです。地裁としても合意書違反としての「廃寮」決定、寮自治会への管理権限の委譲を事実として認定せざるを得なかったのです。

3.1 「廃寮」までの駒場寮の管理について
 まず駒場寮は国有財産で「あった」こと。そして「東京大学学長は、国有財産法……に基づき本件建物を管理してきた。そして、学長は、右管理権を行使するに当たり、……教養学部長を補助執官者に指定していた」とされ、国財法に則って学長・学部長が「管理」していたとされています。国財法に基づく管理権の所在に関しては別に寮自治会としても否定するつもりはありません。しかし、学長・学部長が駒場寮を実際に「管理」していたわけではなく、管理運営の実態は寮自治会が担っていたのです。
 ただ、ここで問題となるのは「東京大学には学長の諮間機関として東京大字評議会が設置されている」という記述です。これは明らかな誤りです。教養学部の発行している「駒場1997」にも「東京大学の全学的な最高意志決定機関は評議会(P38)」とされ、「東大白書第2号」でも「意思形成の場が合議体としての評議会であり、総長は、形式的には、全学的に形成された意思の執行機関であることになる(P266)」と記されています。学生の介在の有無の問題はここでは置くとしても、東大当局の最高意志決定機関は評議会であって、総長・学長ではないのです。この明らかな誤りは学長が決定したので適法、という論理を導き出すために意図的にここで認定されていると見るべきでしょう。最高意志決定機関を「学長の諮問機関」に貶め、本来執行機関に過ぎない学長に権力を集中する。このような認定は国財法の形式的解釈が導き出したものであり、教授会自治すら奪っていく昨今の大学審答申や独立行政法人化を先取りするものとして極めて危険な意味を持つものなのです。

3.2 東京大学における大学の自治の経緯
 判決では、東大における自治の経緯として東大確認書の以下のような内容が引用されています。「東大当局は、大学の自治が教授会の自治であるという従来の考え方が現時点において誤りであることを認め、学生・院生・職員もそれぞれ固有の権利をもって大学の自治を形成していることを確認する」そして、確認書に基づく評議会決定も「われわれは、大学の自治は教授会の自治であるという従来の考え方が、もはや不適当であり、学生・院生、職員もそれぞれの役割において大学の自治を形成するものと考える」と引用して触れています。
 重要なのは「東大における大学の自治」として、学生の権利を明確に記載した東大確認書を挙げていることです。つまり東大においては「学問の自由の制度的保障」とされる大学自治は学生の参与をその重要な要件としていることが、認定されているのです。

3.3 駒場寮における寄宿寮の管理、運営上の慣行
 この項では(細かな事実誤認はあるものの、大筋では)実際行われていた寮生による広範な自主管理が事実として認定されています。特に自主管理の根幹をなす(自らの構成員を自らで選ぶという)入寮選考・手続きに関しては、実施手順についても認定され、「駒場寮自治会が行う入寮者選考、部屋割り及び退寮処置等について東京大学や教養学部が干渉することはなかった」こと、つまり入退寮選考権が完全に寮自治会にあったことも明らかにされています。
 また、負担区分闘争を通しての八四合意書の締結が認定されたことも、寮自治会側の主張を全面的に肯定したものです。当時の総長が寮生と話し合うことなく、水光熱費の負担区分について文部省に「是正」すると回答したことに端を発する負担区分闘争は、八四合意書の締結を持って、終結します(裁判では成瀬豊氏━━当時寮委員長の証人尋問によって詳しく明らかにされました)。判決では「第八委員会は従来からの大学自治の原則を今後も基本方針として堅持し、駒場寮における寮自治の慣行を尊重すること、寮生活に重大なかかわりを持つ問題について大学の公的な意思表明があるとき、第八委員会は寮生の意見を十分に把握・検討して事前に大学の諸機関に反映させるよう努力することなどが確認された」という合意書の内容、さらに「そして、右(編者注:確認書)に際して、東京大学の概算要求事項案が寮生に示されたことがあった。そして、その後も、水光熱費の支払方式の変更、駒場寮の浴室の移転、駒場寮で働くパート職員の人事等については、第八委員会と被告駒場寮自治会との間の協議を経て決定されていた。」として、確認書に基づく寮に関わる概算要求、管理運営の変更は両者の合意に基づいて行われていたことも確認されています。
 東大「確認書」が、大きな枠組みで学生の大学自治への参与を確認していることに比して、八四合意書ではかなり具体的に駒場寮に関する問題の意思決定要件として駒場寮自治会との話し合い・合意が定められています。合意書の存在が認定され、また、その後の寮の管理運営に関する問題についても合意書に基づいて解決されていたことの認定は「廃寮」の無効性を論じる際に極めて大きな根拠になるものなのです。
 このように事実認定において寮自治会側の主張を全面的に肯定したのは、東大当局自身の合意によって結ばれ、明文化された確認書・合意書の存在、そして寮自治会の提出した膨大な資料によって明らかにされた寮自治会による管理運営の実態を、地裁も否定することはできなかったということでしょう。国・東大当局が「あり得ない」とする寮自治会による管理、そして寮に関する意思決定要件はここで事実として認定されたのです。

3.4 駒場寮「廃寮」に至る経緯
(1) 「廃寮」の理由に関する事実誤認
 「廃寮」の理由として、まず挙げられている事実は「しかし、駒場寮及び三鷹学寮はいずれも老朽化し、利用者数も定員(駒場寮は750人、三鷹学寮は300人)の半数にも満たないという状況を呈していたこと、……」というものです。しかしこの「老朽化」と「定員の半数にも満たない」という2点はいずれも事実ではありません。まず、第三部5.1.2(3)で後述するように駒場寮の「老朽化」はまったく根拠のないものであり、「廃寮」の理由とはなり得ません。
 次に駒場寮の定員に関してですが、まずこの750人という人数は戦後すぐに定められたもので、一部屋24畳(40平米)に五人を押し込めるというかなり非現実的なものです。今だに文部省はこれが駒場寮の定員であると主張していますが、実際には駒場寮は70年代以降一部屋3人定員制を取っています。ちなみに三鷹宿舎の面積÷定員(605名)と駒場寮の面積(三鷹にはない食堂・寮風呂を除く)÷定員(400名)はどちらも約22平米とあまり変わりません。これは400名という定員が適正な値であるということを表しています。
 さらにこれは二〇数年間、学部当局自身が「認可」してきた定員なのです。そして、過去二十数年にわたりその定員の「適正化」「是正」が学部当局から要請されたことは一度もありません。また、この「定員」問題は学内的には学部当局も「廃寮」の理由として挙げたことがないものなのです。これらのことから「定員」問題は学部当局自身も学内では言えなかった虚偽の「廃寮」の理由であることは明らかです。また、400名の定員を目安として寮委員会は毎年定員以上の入寮希望者に対して入寮選考を行ってきました(94年度の入寮希望者は200名以上)。1982年には入寮希望者の激増により総代会で「南寮返還」「明寮増築」が決議され学部当局に要求された程です。このように、「廃寮」以前の駒場寮は決して「定員の半数にも満たない状況を呈していた」わけではなく、定員一杯の寮生を受け入れていたのです。
 このように、判決は「廃寮」の理由の部分で既に事実誤認から出発しているのです。

(2) 事前に意見聴取がなかったことを認定
 駒場寮問題において最大の手続き上の問題とされているのが、寮生・学生との合意のない一方的な「廃寮」決定であり、決定がなされた教授会まではその計画を意図的に隠蔽していた東大当局の姿勢でした(詳しくは第三部4.2参照)。この点に関しては、裁判においても寮自治会側から不当な「廃寮」決定は認められないとする主張(第三部4.2参照)が詳細になされました。また「廃寮」決定以前にまったく寮生・学生と話し合わなかったことは、永野尋問でも明らかになっています。  このような寮自治会側からの事実に基づく主張や証人尋問での証言をうけて、地裁も「判決」で「右決定(教授会・評議会での「廃寮」決定)に際し、教養学部は、事前には寮生を含む東京大学の学生の意見を聴取することをしなかった」ことを事実として認定しています。この認定は(1)で挙げた八四合意書の認定内容(寮に関わる重大な問題を事前に寮生と話し合う義務)とあわせれば、東大当局が合意事項を破ったことが厳然たる事実として認定されているのです。  このように地裁としても、学部当局が「廃寮」決定・強行の過程において、従来の大学自治の慣行、意思決定要件を踏みにじっていることを指摘せざるを得なかったのです。

(3) 「廃寮」決定の隠蔽と捏造
 駒場寮自治会は駒場寮の「廃寮」が、寮生・学生と何の話し合いもなく、電撃的に決定された91年10月の臨時教授会(その6日後に評議会がこれを追認)が「廃寮」決定の行われた時である、と主張してきました。詳しくは後述(第三部4.2.1(2)参照)しますが、変更不可能なものとしての「廃寮」の最終的決定が既にこの時になされていたことは、「廃寮」を学内に公表した後にいくら学生が反対してもそれを聞き入れなかった東大当局の態度からも明らかなのです。
 しかし判決の「事実認定」において、「廃寮」の決定は「そして、学長は、平成七年一〇月一七日、教養学部教授会の決定及び東京大学評議会の決議を経て、平成八年三月三一日をもって駒場寮を廃寮とすることを決定(以下、「本件廃寮決定」という)してこれを告示した。」と認定され、学長が95年10月17日に「廃寮」決定を行ったこととなっています。これはこの判決の最大の問題とされる、学長が「廃寮」にしたので何ら問題はない、という「判断」に直結するものであり、「廃寮」の経緯を了承したうえでの確信犯的な「誤認」、つまりここでは実際の「廃寮」決定の隠蔽と新たな「廃寮」決定の捏造が行われているのです。
 そして、この判決では91年10月の臨時教授会では「駒場寮・三鷹寮を廃寮とし、(略)三鷹国際学生宿舎を建設するとともに、駒場寮の跡地を含む駒場キャンパス東部地区を再開発する方針を承認し」た、とされているのです。つまり91年10月の教授会は「廃寮」の「方針を承認」しただけであって決定ではなく、最終的な「廃寮」の「決定」は95年の10月に学長が行ったということなのです。これは東大当局ですら学内では(裁判では国と一体となって、同様の主張を行っているものの)表明したこともない主張であり、この「決定」は実際の「廃寮」決定とかけ離れた単なる「廃寮」を通達するための手続きに過ぎなかったのです。
 このような「廃寮」決定の時期の改変が行われた理由は二つ挙げることができます。
 一つは東大当局自身が、事前に学生と何の話し合いも行わずなされた91年10月の教授会を最終的な「廃寮」決定と認めず、予算の内示(91年12月)、そして示達(92年7月)までは撤回は可能という「ポーズ」を取り、その手続き的過ちをごまかそうとしたこと。そして「廃寮」決定の時期をごまかしたため、結局最終的な「廃寮」決定としての意志決定行為を、東大当局も正確に示すことができなくなったのです。
 もう一つは、「廃寮」決定の明らかな問題性・不当性に裁判所が踏み込むことを意図的に回避し、すべてを「管理者=学長 → 学長の『廃寮』決定=『廃寮』」という論理に収斂させるため、「本件廃寮決定」をたとえ実際の意志決定といくらかけ離れようとも95年10月の学長決定とする必要があったことです。
 この理由からわかるように「廃寮」決定の認定は事実とかけ離れたものであり、またこのように事実を「判断」に従属させるために改変するという判決は決して許されないものなのです。

(4) 学生の反対の意思表示を無視
 事実認定はこのように誤認を含むものですが、誤認の他にも、寮問題の経緯の中で書かれたことばかりでなく、何が書かれなかったについても注目することが必要でしょう。事実の認定にあたっての選別は、端的に判決の事実に対する比重の置き方を示すものであるからです。(第三部4.1の年表も参照しながらお読みください)
 まず、東大当局の悪質な「廃寮」計画隠しが何ら記載されず、その問題性に最後まで触れなかったことの伏線となっていることが挙げられます。すでに91年3月に概算要求が出されていたにもかかわらず、91年7月の総長交渉での「廃寮は考えていない」旨の発言、同月の学部交渉での「具体的計画には至っていない」という発言などで学生を欺いた事実は事実認定では無視されています。
 また、「廃寮」に関する学生の反対についてもほとんど認定されていません。学生が反対しているという箇所は「駒場寮廃寮に至る経緯」の項のなかではわずかに三箇所しか存在しません。それは「右の教養学部の方針に対し、平成三年一一月一二日に学生自治会代議員大会、学友会総会及び駒場寮総代会が開催され、学生の意思として、三鷹に新寮を建設する計画を進めるとしても、その抱き合わせとして駒場寮を廃寮とすることには反対するとの決議がなされた。」「(91年11月の二度の学部交渉において)このように教養学部側と学生側の意見は平行線を辿った」「(95年後半から96年4月までの期間)その一方で、教養学部は教養学部学生自治会や被告駒場寮自治会との話し合いを進めたが、右自治会らは駒場寮を廃寮とすることに反対し続けた。」の三つです。寮自治会側は準備書面や提出した資料において度重なる学生の反対の意思表示の事実を裁判官に伝えてきました。しかしそれらの学生の意思表示は「事実認定」において、実質的にほとんど無視されたのです。
 まず、最初の「廃寮」計画発表直後の91年11月の代議員大会・学友会総会・総代会での決議は唯一まともな学生の意思の認定であるといえます(ただし、代議員大会などで決議された学内議論のための三鷹計画の一年凍結などは触れられていませんが)。しかし、他は学生の意思がそれとわかるものではありません。駒場寮問題において、教養学部全学生の「廃寮」反対の意思が最も明確かつ直接的に示されたのは全学生の投票に基づく、93年および94年のストライキ、そして95年、96年、99年の学生投票が挙げられるでしょう。無論、代議員大会が正式な学生自治会の最高議決機関でありこれが学生の意思であることはいうまでもありませんが、学生投票やそれに基づくストライキはさらに直接的に一人一人の学生が意思を表示したものとして極めて大きな意味を持つものです。しかしこのストライキ・学生投票は判決ではまるで存在しなかったかのように一切触れられていません。それどころか、最後の記述などは「右自治会らは駒場寮を廃寮とすることに反対し続けた。」などとして、当時(95年)行われた駒場寮存続・キャンパスプラザ白紙撤回の学生投票批准を無視し、あたかも反対しているのは「右自治会ら」だけであるかのように書かれているのです(本来自治会とは構成員総体を指すものであり、学生自治会とは全教養学部生の総体、寮自治会は寮生総体、をあらわすものですが、この文脈では交渉に参加した執行部という意味と解されます)。
 このように、学生の総意としての度重なる反対の意思表示は、事実認定において黙殺されているのです。

3.5 「廃寮」後の状況
 96年4月の「廃寮」期限後、学部当局による実力での「廃寮」化攻撃は苛烈を極めました。ここで行われた多くの違法行為は権利濫用の主張の根幹をなすものです。しかし、ここでも恣意的な情報選別が行われ、「権利濫用ではない」という地裁の「判断」の下敷きとなったのです。

(1) 権利濫用に対する情報選別
 96年4月以降、東大当局は電気・ガスの供給停止を含む実力での寮生叩き出しを開始します。これらの事実についての認定は極めて一方的で、国・東大当局の主張のみを取り上げたものとなっています。
 まず、悪名高い説得隊については「教養学部は同日(96年4月1日)以降、駒場寮の占有状況を調査するとともに、占有者に退去するよう説得するために、多数の教官らを再三にわたって本件建物内に立ち入らせた。」と書かれているのみで、彼らが行った部屋の封鎖、ガラス等の破壊、電気ドラムの組織的窃盗などの犯罪的行為については一切触れられていません。また、電気・ガスの停止、渡り廊下の強行破壊などもただ、「電気・ガスの供給を停止し、渡り廊下の取り壊し作業等を行った」と書かれているだけです。
 さらに、97年6月28日に行われた、北寮裏庇、寮風呂破壊工事に際しては数百人のガードマンによる暴行・リンチが行われ四名が救急車で病院に送られる事態となりました。この事件は「教養学部は、同年六月二八日に明寮の建物跡地付近にキャンパス・プラザ及び多目的ホールの建設工事をするために仮囲い設置工事を行い、右工事用建物のために駒場寮内の渡り廊下や寮風呂建物を取り壊したが、右工事に対しても、被告らを含む多数のものが有形力を行使するなどして妨害した。」と書かれ、あたかも寮生が一方的妨害を行ったかのような記述がなされています。(ちなみに、工事が行われたのは明寮跡地では全くなくその点でも明らかな事実誤認があります)しかし、現在行われている「6・28暴行事件損害賠償裁判」においてもガードマンによって暴行が行われたことがほぼ間違いない事実とされ、この責任をめぐって国とガードマン会社(新帝国警備保障)が責任のなすりつけあいを演じるという醜態を晒しています。どちらが暴力を保持し、行使したかは当日の力関係からも、前日になっての突然の取り壊し通知からも明らかなはずです。しかし、この判決ではそのような事実は一方的に無視されたのです。また99年1月の寮食堂破壊工事は言及すらされていません。
 この裁判の特徴は事実調べを地裁自身が全く行っていない点であり、にもかかわらず、国・東大当局の虚偽の主張を鵜呑みにした部分が多いため誤認の多い事実認定が生まれています。たとえば、不当決定が出た電気供給停止に対する仮処分には触れているにもかかわらず、権利濫用に深く関わる(同じ東京地裁で行われている)「6・28暴行事件損害賠償裁判」には触れず、暴行の事実に言及することも避けるなどここでも露骨な情報選別が行われているのです。これは明らかな違法行為を前提として、「権利濫用でない」と判示するという極めて困難な「判断」を強いられる事態を回避するため、このような事態を「認定しない」という伏線を張っているのです。しかし、違法行為に対して一方では司法が黙認しながら、もう一方では違法行為を行ったものに有利な判決を出すことはクリーンハンズの原則にも反し(第三部5.1.4参照)、許されないことです。社会正義を実現すべき裁判所のこれらの行為に対する批判性の欠如は断固糾弾されなければなりません。

(2) 仮処分不当決定への依拠
 判決が「4 廃寮後の状況」の中で多くの記述を割いているのは、明寮仮処分の法的手続き、及びその後の本裁判のための占有移転禁止仮処分に関する部分です。特に占有移転禁止仮処分での「共同占有」という認定とそれに対する執行異議申し立て及びその却下決定の理由などが多くの部分を占めています。「共同占有」という認定の誤りについては第三部3で後述しますが、この「前提事実」における記述は仮処分決定や却下決定を引いているだけであり、それに完全に依拠したものとなっています。
 さらに、明寮明渡断行仮処分に際しては寮生は任意での明け渡しを通達していたにも関わらず、決定からわずか4日で強制執行が行われました。当然ながら、強制的に執行するという強権が発動できるのは訴えられている「債務者」だけですが、執行官は「非債務者も債務者と見做す」などと法的正当性の微塵もない発言を行い、弁護士も「待てない」として追い出す権限がない「被債務者」まで無理矢理追い出したのです。さらに弁護士の奮闘によって何とか明寮に残った非債務者に対しては、彼らに全くその存在すら知らされないままで第二次仮処分申し立てと電撃的決定が行われ、そしてまたもデタラメな強制執行が繰り返されたのです(明寮仮処分については詳しくは「駒場寮問題『法的措置』関連報告集:駒場寮委員会発行」をご参照ください)。
 このように「違法」な行為がまかり通った明寮強制執行でしたが、これについての事実認定は3月28日に執行されたことが記されたのみ(第二次執行は言及すらされていない)で、その問題性には何ら言及されていません。この本裁判が仮処分の不当決定・違法な執行を継承していることがここで明らかになっています。

(3) 跡地計画の嘘
 事実認定の最後は跡地計画が存在し、その予算要求をしているが、「本件建物の明渡し及び取壊しができない状況にあるため、右予算措置が講じられないでいる。」と結ばれています。国・東大当局の書面では、駒場寮跡地に各種施設の建設を予定し予算要求を行っているが、寮が取り壊されない限りその執行が物理的にできないため、予算要求が認められる可能性がほとんどない、との主張が行われており、地裁はこの主張をそのまま受け入れているのです。
 しかし、この主張には何の根拠もありません。まず跡地計画自体、寮が例えなかろうが予算がそう簡単に下りるものではありません。しかし最大の問題は、駒場寮問題が解決してもいないのに跡地計画を策定し、その跡地計画があるのだからさっさと出ていけ、という東大当局の本末転倒の姿勢なのです。さらに「跡地」計画自体も駒場寮を潰したら広大な空き地ができるから何とか埋めようということで策定されたのであり(これは本来他の場所に建てる予定だった図書館を、建ちそうにもない劇場予定地に無理矢理持ってきたことからも明らかです)、同時に「廃寮」の方向に学生を利益誘導するために策定されたものなのです。また駒場寮の明け渡しが新たな施設のために必要とする主張の不合理性が、「跡地」に建設すると東大当局が主張している施設のすべてが「跡地」に建設する必要がないことからも論証されています。

3.6 「前提事実」の評価のまとめ
前提事実全体を概括すると、下記のようになります。
<評価できる点>
○ 大学自治・寮自治の存在を認定
○ 東大「確認書」、八四合意書の存在を認定
○ 入寮選考をはじめとした寮自治会による寮の管理運営の実態を認定
○ 「廃寮」決定において事前に学生に図らなかったことを認定
<批判すべき点>
○ 「廃寮」決定を95年の学長「決定」としたこと
○ 学生の反対の意思表示を無視したこと
○ 「廃寮」の理由や跡地計画についての東大当局の主張を無前提に受け入れたこと
○ その他様々な国・東大当局よりの情報選別を行ったこと
[←第一部/第三部-1→]