第三章 高裁判決の分析

 高裁判決を一言で評価すれば、それは「何も述べていない」ということにつきます。高裁判決の論述部分は地裁判決の6分の1程度(地裁:82p、高裁:14p)、それも占有関係(どの学生がいつ、どこに住んでいたか)が大部分を占め、それ以外の本質的な争点はわずか1ページ半しか言及されていないのです。そして、そこでは「学長の行った廃寮決定は有効」「各争点における寮自治会側の主張は認めない」ということが何の論証もなくただ言い放たれているに過ぎません。
 裁判をご覧になった方はわかると思いますが、法廷では双方の代理人、そして裁判官の前には膨大な量のファイル、書面が積み上げられます。そして、そのほとんどが寮自治会側から提出された、準備書面、陳述書、意見書、証拠資料などです。それは1000ページをゆうに越えるものです。駒場寮問題は、単なる建物の明け渡しに関する紛争ではなく、大学自治・学生自治・寮自治に深く関わり、それらの歴史的推移を下敷きにし、90年代初頭の「廃寮」決定から10年近くに及ぶ「廃寮」計画強行の推移と、寮生が生活し、寮外生が活動する現実の存在としての駒場寮、さらには駒場キャンパスの将来計画までをも視野に入れ論じられなければならない問題なのです。よって、争点、論点は多岐に渡ります。この問題を裁判で取り扱うべきなのか、寮自治会の管理権限、「廃寮」決定の正当性、権利濫用の有無などは、どれ一つとっても多くの歴史的事実、現実の事象、教育の理念、法理論を勘案し、十分な審理と論述が必要とされるものです。だからこそ、寮自治会側は現実を示す膨大な証拠資料と共に、行政法学者の意見書まで用意して、寮自治会の主張の正当性に関して大量の主張書面や証拠などをもって論証を行ったのです。しかし、判決は重要な争点のいずれにも答えず、さらに判決確定を待たずして強制執行を行うことのできる仮執行宣言を付帯させました。これでは裁判所は、その正当性、妥当性を論証せず、誰も納得させることができないにもかかわらず、ただ国・東大当局に強制執行ができる権利を与えたことになります。私たちはこのような審理、判決、そしてそれらに基礎づけられた強制執行を絶対に認めることはできません。
 地裁判決の最大の問題点は、本質的な争点に関する判断の回避でした。この紛争を、大学自治・学生自治・寮自治の歴史と現状というコンテクストから切り離し、国(≠大学)と学生個人(≠寮自治会)の国有財産における所有権・管理権という駒場寮問題の本質からは全く離れた枠組みからのみ解釈しようとする姿勢でした。寮自治会はその点に特に異議を訴え控訴したのです。しかし、高裁判決から読みとれるものは、更なる判断の停止でしかありません。
 ただし、わずかながら評価できる点もあります。国・東大当局の執拗な虚偽の主張にも関わらず、証人尋問を行った3名の学生に対する明け渡しの訴えが却下されたことです。これは地裁判決の誤った判断を覆すものでした。彼らは訴えられた当時駒場寮を占有(居住)していなかったのに、「廃寮」反対運動を行ったために訴えられた学生でした。これは(解釈の問題ではなく)入退寮の事実の問題なので、長らく寮生にとっては自明のことだったのですが、彼らが自ら証人として法廷の場で明確に占有を否定したことで、裁判官も寮自治会の主張が真実であり、国・東大当局の主張が虚偽であると認定せざるを得なかったのです。しかし、証人申請をしたのに裁判官にその必要なしとされ、法廷での証言の機会を与えられなかった同様の境遇の学生(5名)は、占有していたという誤った認定が保持されたのです。このことは、占有認定の非常な杜撰さを示すと共に、裁判の審理及び判断の杜撰さ(一貫性、整合性の欠如)と、国・東大当局の主張の虚偽性を明確に示すものといえます。
 以下、もう少し詳細に判決の内容について分析していきます。

1 寮生でないのに訴えられた学生について

 寮自治会側は訴えられた43名(及び3団体)の内、8名が寮生ではなく駒場寮を占有(居住)していないことを主張しました。これは事実を述べたものであり、当時住んでいた寮生にとっては周知の事実でした。しかし、高裁は寮自治会側の度重なる証人申請にもかかわらず、その内の3名にしか本人尋問を認めませんでした。そして証人尋問が行われ、法廷で明確に居住を否定した3名については高裁も、地裁の判断を覆し、国・東大当局の主張を退け、占有していなかったと認定したのです。
 しかし、この3名について占有していないと判断したのであれば、同様の境遇にあった他の5名についても占有していないという認定がされなければなりません。なぜなら、3名の学生の占有を否定する論拠として、「廃寮」反対運動を行っていたものの「本郷に進学し、通学していたこと」「自宅、本郷寮、下宿など駒場寮以外に住所を定め生活していたこと」などがあがっており、また1名は「文学部学友会の委員長として活動していた」ことが理由とされています。しかし証人尋問が認められず、占有していたと認定された学生の中にはこのすべての条件に適合する者がいるのです。しかし、高裁判決はその学生が「廃寮」反対運動を行っていたことを理由に、それらの論拠を「採用しがたい」と断じているのです。この高裁の認定は全く一貫しておらず、極めて恣意的なものであることは明白です。
 東大当局は学生を裁判を訴える際に、駒場寮にどの学生が居住しているかを調べる占有移転禁止という法的手続きをとりました。しかし、この最初の法的措置はその後を暗示するかのように極めて杜撰なもので、殆どの寮生を特定できず、逆に寮生ではないものの「廃寮」反対運動を行っていた学生を占有者として訴えたのです。そして、事実の問題としてそれらの学生を訴えから除外するようにという寮自治会側の主張に対し、国・東大当局は「廃寮」反対運動を行っていれば占有者であるという暴論に固執し続けました。地裁判決は証人尋問すら行わずに、この主張を追認しましたが、高裁で本人に行われた証人尋問はいかなる意味でもそのような暴論が事実に反していることを明らかにしました。しかし、尋問の要なしとして審理をうち切った結果、証人尋問が行われた3名の占有を否定し、尋問が行われなかった5名の占有を認定するというまったく一貫しない判決が導かれたのです。ここには、地裁・高裁を通して事実を見ずにできうる限り国・東大当局に追認する裁判所の姿勢と、虚偽の事実をひたすら押し通そうとする国・東大当局の姿勢、そしてその結果としての杜撰かつ性急な裁判の実態が鮮明にあらわれています。

2 判決で語られたこと

 駒場寮問題にとって本質的なことは占有に関することではありません。そもそも、学生寮のあり方の論議が根底にあるのですから、法廷という場で法律を掲げて議論するような問題ではないし、そのような議論ではすくい取れない部分がほとんどです。だからこそ、寮自治会は裁判ではなく学内の話し合いで解決せよ、とこれまでも現在も主張してきたのです。しかし、東大当局が裁判を取り下げていない現状の下で、寮自治会は法廷でもより本質的な議論がたたかわされるよう、多くの争点、論点に対して精力的に主張してきました。前述したように、そもそも駒場寮問題を裁判で取り扱うべきなのか、寮自治会の管理権限の法的解釈、「廃寮」決定の正当性、権利濫用の有無などがその大きな内容となってきました。しかし、これらの本質的争点に関して高裁判決はほとんど何も語っていません。判決に記述されていることは、「駒場寮自治会への管理権限の移譲との主張は採用しない」「廃寮決定は行政処分であったとする地裁判決の判断を取り消す」「95年10月の学長が行った廃寮決定は有効」「廃寮決定は裁量権の濫用ではない」という記述が何の理由付けもなしに羅列されているだけです。これは要するに、寮自治会側の主張のいずれもその理由は示さないが認めない、ということです。この判決は、どちらかの主張に対して合理的理由を示して、法的正当性を与えるという「判決」に要請されている要件を満たしてすらいないのです。私たちはこれを「判決」と呼ぶことにすら躊躇を感じます。

3 判決で語られなかったこと

 寮自治会が主張し、判決で語られなかった争点・論点はあまりに多く、その詳細は「一審判決の不当性解説集」にゆずるとして、ごく簡単にまとめてみましょう。
(1) そもそも駒場寮問題は裁判で扱われるべき性質の紛争ではないこと。大学自治の内的規範と司法権の限界についての議論。例えば、単位認定に司法権が及ぶかといった点。これについての言及は一切ない。
(2) 寮自治の下での実際の寮運営において、管理権限の移譲・委託及び慣習的権利、賃貸借類似の契約が存在したこと。その際の権利関係について。例えば生協の建物は国有財産だが、生協の総代会・理事会はこの施設に関して何ら法的権利を有しないのかといった点。これについては「(理由なし、議論なしの)採用しない」との記述のみ。
(3) 合意を破った上での「廃寮」決定は本当に有効なのか。東大当局と寮自治会の間の合意書にも、「合意は拘束する」という私法の大原則が適用される。また「廃寮」決定は行政機関の決定なのだから、適正な手続き的要件を経なければならないが、「用途廃止(国有財産を廃止する手続き)」を中心にいい加減な脱法的手続きしか為されていない。また、寮生にとって不利益をもたらす処分にも関わらず、適正な手続きを経ていない。これに対して高裁判決は論点を混同した上で「採用しない」としており、またその論拠は「特別権力関係論」という「すでに学説・判例で克服されている(神長意見書)」論によっている。
(4) 「廃寮」決定は権利濫用・裁量権の濫用ではないのか。「行政上の法律関係における信頼保護法理の適用はすでに学説において承認されている(神長意見書)」中において、合意を破り信頼関係を破壊しての「廃寮」強行は権利濫用ではないのか。本当に跡地計画は妥当・合理的・現実的なもので、学生はそれを求めているのか。権利濫用・裁量権の濫用という主張に対しては「十分な根拠を欠く」と述べるのみで、その理由に関しては何も述べていない(そもそも裁判官がどの程度駒場の跡地計画、学生の自主活動などについて理解しているかも疑問である)。

4 仮執行宣言

 日本の裁判制度は三審制をとっており、控訴・上告がされる限り審理は上級審に進み、判決の確定はそこではじめてなされることになります。これは法の強制力が及ぶ国民は、一回きりの司法の判断ではなく十分に慎重な判断を求める権利を持つことを示しており、基本的人権の一つでもあります。
 仮執行宣言とは、判決が確定していないにも拘わらず執行する権利を与えるものですが、これはもし上級審で判決が覆ったとき、既に執行によって取り返しのつかない損害が生じる可能性があり、運用によっては三審制の理念及び「確定なければ執行なし」という民事訴訟の大原則を侵害しかねないものであるため、厳格な運用が要請される法制度なのです。@即時の執行を特に必要とする事情があり、A金銭の授受のように判決が覆されたときにも現状復帰が可能であることがその条件とされています。
 国・東大当局はとにかく駒場寮を早く潰したいとの一心で、学生を裁判に訴えたのであり、当然のごとく当初から仮執行宣言を出すことを裁判所に求めてきました。もし本当に彼らが「公正な第三者に委ね」ようと考えて、裁判を始めたのであれば、慎重な審理は歓迎すべきことですから仮執行宣言ははじめから請求すらしなかったはずです。
 そして、駒場寮問題に関して国・東大当局の仮執行宣言の請求は、緊急性、復帰可能性の両者共に全く存在せず、認められるべきものではありません。
 国・東大当局は緊急性の理由を「駒場寮が存在することによって、跡地計画の予算措置が講じられないでいる」こととしていますが、これは虚偽の主張といわざるをえません。まず、駒場寮の跡地計画自体二転三転した現実性の全くないものですが、現在の北・中寮にかかるとされる施設はすべて再開発計画の第二段階のものとされています。そして第一段階の8つの建物の内、現在予算が付いているのは新図書館1つのみです。第一段階ですら、この進捗状況であり、例え現在の(2年程度で変更されてきた)再開発計画が変更されず、かつ予算が付いたとしても(この時点で可能性は極めて少なくなりますが)、寮の敷地にかかる第二段階に再開発計画が進むのは相当先のこととなります。このように国・東大当局の主張は到底、即時の執行を特に必要とする理由とはならないのです。
 また復帰可能性も、国・東大当局が強制執行の後、直ちに駒場寮を取り壊すと言明しているもとでは全く存在しないといって良いでしょう。駒場寮が壊されれば、それが再建されることは全く考えられず、学内自治寮としての駒場寮を残すべきだとして運動してきた寮自治会の目的も存在も、灰燼に帰すこととなります。また、それこそが東大当局の目的なのです。
 このように、仮執行宣言が成立する条件を到底満たし得ないにも関わらず、地裁、そして高裁も「再開発・整備計画の著しい遅滞」を理由として宣言を判決に付帯させました。駒場寮がスケジュールどおり「廃寮」になっていれば、今頃は寮とは関係のない研究棟や「屋内プール」が建っていたとでも言うのでしょうか。現在の文教予算に対する驚くべき(又は確信犯的)無理解がなければ、概算要求した施設に予算がつかない理由をすべて駒場寮のせいにするなどという空論は弄せないはずです。
 またこの仮執行宣言は、寮自治会の最高裁への上告する権利を実質的に奪うものです。これまで主張してきたように高裁は地裁に続いて重要な争点における議論をほとんど完全に放棄しているのであり、私たちはこの「判決」をもって強制執行の正当性を得心することは到底できません。また、「廃寮」決定及び明け渡しの請求は大学の自治(憲法23条)、生存権(憲法25条)、教育の機会均等(憲法26条)、適正手続(憲法31条)など、いくつもの憲法上の理念に抵触する問題があり、地裁・高裁で極めて不十分な審理しかなされていないことを考えれば、憲法判断を主とする最高裁において立法理念を十分に考慮した審理が必要なのです。しかし、仮執行宣言に基づく強制執行がなされ、駒場寮が物理的に消滅・破壊される状況となれば、最高裁で争う理由自体が消滅することとなります。このような裁判所が最後まで問題の本質的な争点に関する議論を回避したまま、その問題自体を消滅させる強制力を許可するような行為は、司法の正当性を根底から揺るがす、決してあってはならないことなのです。
 私たちは、この紛争には本来なら決して付帯してはならない仮執行宣言を出した裁判所を強く弾劾すると共に、このようなまったく正当性のない仮執行宣言とそれに基づく強制執行に断固反対します。

[←第2章/第4章→]