駒場寮「廃寮」の不当性シリーズビラ(4)
一番変わらなければいけないものは何か

 前回のシリーズビラでは、駒場寮問題は教養学部当局が電気ガスの供給停止やガードマンの大量動員など、あらゆる手段を用いて暴力的に駒場寮「廃寮」を押し進めてきたことについて解説しました。使えるものは何でも使ってとにかく駒場寮をツブす、駒場寮問題を概観したときに変わることなく見られるのは、学部当局のこうした姿勢に他ならないのです。
 駒場寮委員会では、駒場寮「廃寮」の不当性について皆さんによく理解してもらうため、ビラを全4回にシリーズ化して作成しました。いよいよ最終回である今回のビラでは、駒場寮「廃寮」ごり押しのための道具としてこれまで行われてきた「法的措置」・「明け渡し」裁判攻撃とその問題点について、できるだけわかりやすく説明していこうと思います。

駒場寮問題は学内問題である
 91年10月、臨時教授会において電撃的に駒場寮「廃寮」が「決定」され、その後、様々な形で学生側・寮生側は反対の意志を示してきたにも拘わらず、学部当局は学生の声を一切無視し、96年4月、一方的に駒場寮の「廃寮」を宣言しました。その後は、一度決めたからにはどんな手を使ってでも「廃寮」するのだ、あらゆる手段を用いて寮生を追い出してやるのだ、とばかりに、学部当局は「本性」をむき出しにしてきます。電気ガスの停止での追い出し攻撃やガードマンを大量導入しての破壊工事などがその典型です。しかし、それでも寮生が出ていかないと言うことが分かると、今度は「寮問題を公的判断に委ね」るなどと言って、寮生を「法的措置」に訴え始めたのです。電気ガスを止めても、寮施設を破壊しても、寮生は出ていかない、それなら裁判の/裁判所の力を借りて追い出してやろう、というワケなのでしょうか。あるいは、「裁判」に訴えさえすれば寮生が「裁判」という脅しに屈して出ていくとでも思ったのでしょうか。
 大学内の問題は、大学内での民主的かつ理性的な話し合いにより解決して行くべきです。駒場寮問題はもちろん、東大教養学部駒場キャンパスの駒場寮に関して、学生の意見を踏まえ、駒場寮を存続させるかどうかという問題であり、学内問題であることは言うまでもありません。駒場寮に関して駒場寮問題を「法的措置」に持ち込むことは、その他のキャンパス再編/カリキュラム再編などの問題に関して、裁判所に判断を委ねてしまうのと同じことなのです。なぜなら、駒場寮問題はあくまで、学生のための寮である駒場寮の存続に関する、キャンパス再編問題・カリキュラム再編問題などと同じような大学内の問題であり、決して、単に建物に住み続けている人間とそれの「明け渡し」を求める管理者の問題ではないからです。たとえ裁判で寮生追い出しに成功しても、それは駒場寮問題の解決とは呼べないのです。

そもそも駒場寮「廃寮」自体が不当
 「明け渡し」裁判は何のために行われているのでしょうか?
 駒場寮「廃寮」強行のために、駒場寮から寮生を追い出すためです。
 「明か渡し」裁判が、駒場寮「廃寮」強行のために行われている以上、駒場寮「廃寮」自体の正当性について考えないわけには行きません。駒場寮「廃寮」計画がその決定過程に重大な問題を持っている、すなわち学生・寮生と一切相談無く/計画の存在自体を隠蔽したまま「決定」した全く無効なものであり、また、その後も様々な形での学生・寮生の意見に耳を貸すことなく、それどころか、それを完全に踏み潰す形でムリヤリ押し進めてきたということは一連の「不当性」シリーズビラで述べてきたとおりですが、このように決定過程・決定後ともに非常に不当な駒場寮「廃寮」を裁判/裁判所の力も借りることによって、とにかく押し進めようというのは全く許せないことであると言えるでしょう。また、「第三者の公的判断」などという言葉にうまく騙されないように注意すると、裁判は、学部当局からすればまさに電気ガス停止やガードマンと同じく、「廃寮」強行のための道具に過ぎないことが分かるはずです。

実際に訴訟においても矛盾が発生している
 このような「明け渡し」裁判の問題点は、単にその理念や経緯の問題ではなく、実際の裁判においても矛盾をあらわにしてきています。例えば、学部当局=国側は書面において、 ポポロ事件判決を引き、「大学自治=教授会自治」という主張を行っていますが、これは『東大確認書』(ポポロ事件判決より後に締結)によって明確に否定された筈でした。また、申立に寄れば駒場寮には数十名しか住んでいない(しかも、多くの学外者を含む)とされていますが、これも全くのデタラメであって、実際駒場寮には百名以上が住んでいます(もちろん東大生のみ)。このような矛盾が発生してしまうのは、学内問題である駒場寮問題を、その本質に触れることなく、単なる管理権の問題で片付けようとしているからであり、また、訴訟では、学部当局は、自ら訴えておきながら、学内問題である駒場寮問題の当事者ではない、国の訟務検事に主体性を奪われてしまうからです。

1996年4月
当局、「廃寮」を宣言
「説得隊」が大量動員され始める
パワーショベルで寮裏の渡り廊下を破壊
当局、駒場寮への電気供給を停止
1996年9月
「占有移転禁止仮処分」執行で、駒場寮問題において初のガードマン導入
当局、文書で「寮問題を第三者の公的判断に委ね」「このような事態に立ち至ったことは残念」
1997年2月
学部当局、明・北・中寮三棟についての「明渡断行」仮処分提訴
1997年3月
明寮「明渡断行」仮処分強制執行、任意に明け渡すと伝えたにも拘わらずガードマン大量動員、「厳戒態勢」を演出、ドサクサ紛れに「非債務者」まで追い出し。
明寮に寮生が残っているにも拘わらず明寮を取り囲む工事用フェンス設置を策動
1997年4月
第二次明寮「明渡断行」仮処分強制執行、ガードマン動員により「非債務者」まで追い出し。
明寮フェンス工事。ガードマン導入により抗議する学生を強制排除。
1997年6月
当局、ガードマンの大量動員により北寮裏庇・渡り廊下・寮風呂を暴力的に破壊
1997年10月
当局、「明渡」本裁判を東京地裁に提訴
1999年1月・2月
当局、ガードマンを大量動員、学生を暴力的に排除し、南ホール周囲へのフェンス設置を強行

「廃寮計画」のいったん取りやめ、寮問題の話し合いによる解決を求めよう。。。一番変わらなければいけないものは何か?
 駒場寮問題を通して、一番変わらなければいけない、しかし全くと言っていいほど変わっていないもの、それは結局のところ、学部当局の、とにかくなんでもいいから使えるものは電気ガスストップだろうがガードマンだろうが裁判だろうが何でも使って、寮生を駒場寮から追い出してやろう、寮から寮生を追い出しさえすれば駒場寮問題は解決するのだ、という態度なのではないでしょうか。しかし、これまで何度も繰り返して述べてきたように、駒場寮問題は寮生をムリヤリ叩き出して解決できるものではなく、大学内での民主的かつ理性的な話し合いによってはじめて解決出来るものなのです。駒場寮問題が寮生を追い出す/追い出さないという問題ではない以上、何が何でも寮生を追い出す、という学部当局の変わらない態度は、そもそもお門違いでしかないのです。いまこそ、駒場寮問題の本質的解決のため、学生が大きく声を上げていくときではないでしょうか。


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