基調

私たち、東京大学駒場寮の廃寮問題で、昨日三月六日、明け渡し断行仮処分の第一回審尋(通常の裁判の意見陳述にあたるもの)が行われました。私たちはこの問題の当初から、一貫してこの問題は学内問題であり、大学自治の観点からも、対話で解決するべきだという姿勢をとってきました。しかし学部当局は、昨年九月には占有移転禁止の仮処分執行を行い、そして今回明け渡し断行仮処分を突然申し立てました。自分たちの主張をごり押しするために対話による解決の道をあくまで拒否し、安易に司法の力にすがったのです。

駒場寮廃寮についての簡単な経緯

駒場寮廃寮問題のそもそもの発端は、1988年に三鷹寮(東京大学教養学部所轄寮)周辺の土地が会計検査院によって不効率利用国有地に指定されたことにあります。この土地をとりあげられることを恐れた学部当局は、1990年に三鷹寮の建て替え計画を出しますが予算化できず、しかしその翌年今度は三鷹寮と駒場寮を廃寮にして三鷹寮敷地に1000人規模の「三鷹国際学生宿舎」を建設する計画が文部省に認められました。ここに突然駒場寮廃寮問題が浮上したのです。
この計画が学生に伝えられた時には、学部当局はすでに駒場寮廃寮を既定事項としており、廃寮を前提とした話し合いしか認めようとしませんでした。こうした学部当局の強硬な動きに対して学生諸団体は廃寮反対の声を上げ、1993にはストライキも行われましたが、学部当局の姿勢は変わりませんでした。1994年になると、駒場寮廃寮への「アメ」として駒場跡地にCCCL計画をぶちあげ、宣伝を開始しました。
1995年になると、学部当局は一方的に入寮募集停止を宣告。これに対して駒場寮自治会は自主入寮選考を行い、1995年度には百名を越す新入寮生を得ました。こうした学部の態度は1996年に入ると激しさを増し、二月に当初寮内のサークル部屋の代替を意図されたプレハブ棟の建設に強行着手、四月になると駒場寮は廃寮されたとして、裁判をやる前から寮に立ち入ることは「不法」とキャンペーンを張る一方、多くの寮生が生活する中、駒場寮の電気供給をストップ、またショベルカーによる渡り廊下の破壊などを行いました。
こうした中で、九月一〇日占有権移転禁止の仮処分執行が行われました。普通は、この占有移転禁止の仮処分のあと近いうちに次の法的処置がとられるものですが、その後特別な動きはなかったにも関わらず、今年二月二〇日になって突然明け渡し断行仮処分を申し立てたのです。

私たちは何故廃寮に反対するのか

私たちが駒場寮廃寮に今に至るまで反対し続けているのは、「学生のわがまま」だからではありません。大きくまとめて以下のような理由からです。
廃寮決定の不当性と学生自治の権利
駒場寮自体の存在意義
廃寮後に計画されているCCCL計画の不毛性

まず@からみていくと、廃寮決定は学生の合意どころか意見すら聞かれていません。突然の一方的決定だったわけです。こうした決定方法は、1969年の学生自治会と東京大学の間で結ばれた「東大確認書」および1984年の駒場寮と教養学部の間で結ばれた「84合意書」を踏みにじる極めて不当なものです。
学部当局は廃寮の決定権限は学部のみが持つ、として一方的決定を正当化しますが、駒場寮自治会は70年にわたる学生自治を行ってきており、実質的な管理権が確立しているのです。
また、自分たちの主張を通すために暴力的な追い出しをかけていながら(1996年夏まで)、一転して今度は法的手段による解決を図るという学部当局の姿勢は、大学自治の自立性という観点からだけでなく、一般の都市計画などの意思決定・実現過程とくらべてみても、きわめて問題がある、といえると思います。
つまりなりふり構わず学生自治潰しを図るその象徴的作業が駒場寮廃寮なのです。

 Aについては、まず第一に、駒場寮が月5000円で住める安価な厚生施設であるという点です。国立大学といえども学費は70年代以降うなぎのぼりに値上がっています。経済的にゆとりのない学生にとって駒場寮の存在は大きな助けになることは間違いありません。
 第二に、長い伝統を持つ学生の自主自治管理の場である、ということが挙げられるでしょう。駒場寮はなにより共同生活の場として、自分たちで規則をつくり運営・管理してきました。こうした伝統や実績を継承することは、今後社会の中でますます必要とされることはあっても不要とされる理由はありません。
もちろん、こうした伝統が「東京大学」という特権性のなかで可能になった、いわばエリート主義の残滓だという見方もあるでしょう。しかし、実際には駒場寮は、東京大学においてむしろ外に向かって開かれた存在であり、学部当局の宣伝に反して多くの海外留学生が居住してきましたし、仮宿制度を利用して(一泊二百円)多くの学外者が利用してきました。相部屋制度も手伝って、個々に閉塞して孤立しがちな現代においてめずらしく、いまだに多くの交流をはぐくんでいる場なのです。
学部当局は老朽化しているなどと主張しますが、関東大震災直後の建築はしっかりしたもので、この建物に入った人はその堅牢なつくりに驚きの声を上げます。「こんな丈夫な建物を壊すのは税金の無駄使いだ」と。

そして、その税金の無駄使いの極地がBの廃寮後の駒場再開発計画=CCCL計画なのです。この計画は、全予算が100億円と言われ、そのうちの40億円が募金で集められるはずでしたが、バブル経済の崩壊もあり、未だにその1%も集まっていません。つまり駒場寮をつぶして更地にしたあとの計画はキャンパスプラザと呼ばれるサークル棟以外まだ何も決まってない夢物語に過ぎないのです。行政改革が叫ばれ公共事業に批判の目が注がれる中でこのような計画に固執することは現実を無視する行いだと言わざるを得ません。そして、このCCCL計画には駒場寮だけでなく、学生会館(学生管理による現在のサークル棟)の廃館も予定されていると言われ、そうするとサークルスペースの激減を招くともに学生自治活動の破壊へとつながることも危惧されます。
また、こうした再開発の際の自然破壊も問題です。現在駒場寮周辺は都心にあってまれな豊富な樹木を有しています。また駒場寮の裏には「一二郎池」と呼ばれる湧水池があり、一日4000人分の飲料水を確保できる水量が湧き出ています。この樹木と湧水が相互に支え合って緑豊かなキャンパスを実現しているのです。しかし、再開発計画であるCCCL計画では、この駒場寮周辺の自然環境について配慮されていません。パンフレット類には樹木が描かれ「貴重な樹木は最大限に尊重されます」とうたわれていますが、具体的にはどうするのかがすっぽり欠如しています。特に一二郎池は、広域避難場所としての駒場キャンパスにおいて災害発生などの際には貴重な水源となるはずですが、もし再開発を行えば湧水が枯れてしまう恐れがあります。学部当局は「心配はない」と主張しながら環境アセスメントを全く行おうとしないのです。まだ充分使える建物をあえて壊してより貧弱なもので代替し、おまけに自然も破壊するCCCL計画が犯罪的な税金の無駄遣いと言えるでしょう。

今回の仮処分をめぐる問題点

以上のような理由と経過で廃寮反対運動を行ってきた私たちに、学部当局は法的手段をとりました。まず九月に行われた占有移転禁止の仮処分です。これは、駒場寮自治会が存在し機能している現実を無視して、二〇名の個人が暴力的に駒場寮を支配している、という虚偽の主張に基づいて執行されたものでした。しかも、その二〇名の内の何名かは既に駒場寮に住んでいないという杜撰なものでした。
この九月の執行で特筆すべきは、執行官が駒場寮自治会の存在を認めざるを得なかったという事実です。つまり、学部当局はあくまで駒場寮は既に廃寮され、寮自治会も既に存在せず、何人かの個人が駒場寮を無法地帯化させている、という筋書きで進みたかったのですが、それが事実によって否定されたと言うことです。
こうした思わぬ失策のため、学部当局は路線を少し変更しました。それが今回の明け渡し断行仮処分です。この仮処分では債務者として新たに二六名の個人と駒場寮自治会および全寮連・都寮連が加えられました。駒場寮自治会の存在を認めたのです。
しかし、今回の仮処分申し立ては多いに問題があります。まず、あまりの切迫したスケジュールが挙げられます。申立書が私たちのところに届けられたのは二月二〇日でしたが、当初第一回審尋は二月二八日に行われることになっていました。通常ならば一ヶ月以上の期間が与えられるのも関わらず、今回はたった一週間で進めようとしたのです。そして結果として延長されてむかえた昨日の第一回目審尋のあと、第二回目の審尋の期日を決める際にもこうした無理なスケジュールが提案され、一八日に第二回目を行うという選択を行うのがやっとでした。こうした強行日程は、三月中に駒場寮の取り壊しにかかりたいとする債権者(国=学部当局)の意向によるものですが、そうした差し迫った都合は、二月末になるまで何の対応もとらなかった債権者の責任であるので、時間不足を理由にした債務者に対する仮処分の拙速な進行の押しつけは許されるものではありません。
しかもこうした法的手段に委ねると称する一方、学部当局は債務者個人に対して、「強制執行」となった際には一億円費用がかかり、それは債務者の負担となるから一人当たり200万円支払わなくはいけなくなる、という文書を送りつけています。「一億円」や「200万円」という算出根拠は不明で、こうした文書は今時地上げ屋もやらない恫喝文書に他なりません。
さらに、九月同様債務者の認定も杜撰で、事実新たに加えられた二六名の債務者のうち、もとから駒場寮に居住していない人やすでに退寮していている人も何人も含まれています。
以上のようなさまざまな事情が絡んだ今回の明け渡し断行仮処分ですが、昨日の第一回審尋でさらにいくつかの問題点も浮き彫りにされました。
昨日の審尋の争点は大きく二つあり、一つは廃寮決定の不当性の有無、もう一つは仮処分に訴えるほどの緊急性があるのか、ということです。
廃寮決定が妥当かどうかについて、国側(学部側)は、学生自治団体との確認書・合意書との整合性には触れず、形式的な用途廃止の権限の所在のみに問題を矮小化する戦術を採りました。しかし、こうした形式的論理で、上に見てきたような駒場寮の一方的廃寮が認められてしまえば、実質的には学生自治の全面否定です。ことは東京大学のみに留まらない全国の学生自治の問題です。このような決定は断固として阻止しなくてはなりません。
一方、仮処分を申し立てるほどの緊急性があるのかどうか、という問題は、国側が、緊急性を主張するキャンパスプラザの建設に関する図面や予算関連の書類をほとんど出さず、また実際キャンパスプラザだけでは明寮・北寮・中寮の三寮ある駒場寮の内の明寮にしかかからないため、それ以外の駒場寮跡地計画の可能性だけを根拠もなく(予算がとれるかどうかはまだ未知数なのに)主張する、というような根拠の薄弱な論理を債権者側は展開しました。先ほども言及したとおり、キャンパスプラザの予算の執行の関係から三月末日まで駒場寮の取り壊しを開始したいという債権者側の論理は、自分たちが今まで明け渡し断行仮処分を申し立てなかったことを棚に上げた手前勝手な理屈です。あえて仮処分を行って、立ち退かせるという「最終手段」を申し出ているのに、このような理屈だけで決定を急がせることおかしいですし、しかもそれで明け渡しが決められてしまうことは絶対に許されてはなりません。

皆さんのご支援・ご協力のお願いと
仮処分申し立ての却下を訴えます

以上、今までの経過とその論点を簡単にまとめてきましたが、特に今回の仮処分ではきわめて一方的で不当なことが、学内の多くの学生や教官の知らないところで(駒場では既にこの時期春休みに入っていて、また法的手段を行使することは知らされている教官も、拙速な仮処分による「解決」が進んでいることをあまり知りません。)進められていることに不安と怒りを覚えます。
まず、この事実を広く知らしめることにご協力下さい。できれば私たちの主張に賛同していただき、一学寮の問題としてではなく、広く民主主義一般の問題として各地で問題提起していただきたく思います。そして、私たちも今回の仮処分を学生自治、ひいては民主主義に対する挑戦としてとらえ、仮処分の不当性を強く訴えていきます。

1997年3月7日
駒場寮委員会