疎甲第五八号証

平成九年三月一一日

報告書

東京大学教養学部教授 永野三郎

  1. 旧駒場学寮建物のうち、最北端に位置します旧明寮建物については、とくに緊急に取り壊す必要があります。以下、具体的に、ご説明申し上げます。
  2. 現甲の計画からみた問題点について
    1 先に甲五七として提出いたしました図面をご覧いただけば、既に予算措置の行われているキャンパス・プラサ(整備年次計画が第一段階(H.8年度)となっている多目的ホール、サークル室棟二棟(赤斜線のもの))のうちサ−クル棟西側の一棟(以下「「キャンパス・プラザ西棟」とよぴます。)は、旧明寮建物と重なり合っていることがお分かりになると存じます。
     右図面からは、十分には読みとりにくいのですが、実際には、相当の部分が重なり合っており、旧明寮建物の取り壊しなくしては、前記キャンパス・プラザ西棟の建設は不可能と言わざるを得ません。
     まず、資料1として添付いたしました「参考図」(これは本日提出した図面の(参考図)を縮小したものです。)に大きく描かれている平面図からわかりますように、旧明寮建物とキャンパス・プラザ西棟とは、地上部分で一・七八六メートル重なり合っています(重なり合う部分は、旧明寮のトイレ、階段部分とキャンパス・プラザ西棟の部室の一部、バルコニー部分で、その面積は、概算で一六・二平方メートルとなります。)。
     次に、同図面の断面図をご覧になればおわかりになりますように、旧明寮建物の地下基礎部分は、同建物東端から、さらに一・八一八メートル東側に張り出しています。もちろん、キャンパス・プラザ西棟についても地下基礎工事が必要ですので、この上部に同建物を建設することはできません。つまり、地下基礎部分を含め、建物どうしが重なり合う幅は、合計三・五八六メートル(垂なり合う面積は、概算で三三平方メートル)に及びます。
     これに加えて、キャンパス・プラザ西棟の周囲には給排水のための配管を設置する必要があります。資料2として添付した「給排水屋外平面図」(これは本日提出した図面の図面番号P−8「給排水屋外平面図」を縮小したものです。)をご覧ください。これは、ごく一般的な給排水管の配置を示す図面ですが、キャンパス・プラザ西棟外壁から約二・四メートル離れた位置に給排水管が敷設される計画になっています(同図面はあくまでも一般的な給排水管の配置を示したものですが、給排水管は、そのメンテナンスの都合上、どうしても建物の地下基礎部分をはずして敷設する必要がありますから、実際の敷設位置も、右図面とは大きく異ならないものになると考えられます。)。
     さらに、建物の建築や給排水管の敷設のためには、作業の効率や周辺の安全を確保するための空間が必要となります。
    3 以上に述べた諸事梼を考慮すれば、建築する建物の外壁から少なくとも八ないし一○メートルのスペース(空き地)を確保することが必要と考えられます。隣棟間隔がほとんどない状態で建物を建設することも技術的には不可能ではありませんが、当然特殊な工法が必要となり、コストが高くなるため、よほど特殊な事情がない限り、そのような予算は認められません。
     このようなスペースを確保しつつ現行の建築計画を実施するためには、どうしても旧明寮建物を取り壊す必要があることは言うまでもありません。
     なお、この場合でも、旧明寮建物の一部分を取り壌せば済むのではないかという疑問を持たれるかもしれませんが、そもそも建物はどこで取り壊しても構わないというものではありませんし、人が居住している建物にそのような工作を加えることは安全性を考慮すれば不可能といわざるを得ませんから、いずれにせよ旧明寮建物全部の明渡しが必要です。まして、現在の予算制度上、すでに用途廃止がなされた建物について一部取り壊し後の補修用予算が認められる可能性は皆無ですので、このような議論は現実的ではないと言わざるをえないのです。
  3. 設計変更の可能性について
    1 右に述べたように、旧明寮建物を取り壊すことなく、現行の配置及ぴ設計を維持したままでキャンパス・プラザの建築を行うことは不可能と結論付けられますが、次に、配置変更や設計変更を施すことによって、旧明寮建物を取り壊すことなくキャンパスプラザの建築を行う場合の間題点について、ご説明申し上げます。
    2 設計理念からの問題点
     配置移転や設計変更にあたっては、次のようなことを考慮しなければなりません。
    (1) 新規に設ける施設は、ただ需要を満たすことかできるのであればどこにどのように設けてもかまわないというものではありません。それぞれの施設の有機的関連性や、エリア毎の性格付けとの調和を図る形で設けなければならないわけです。とくに、旧駒場学寮東側の通称「一二郎池」周辺には、かつての武蔵野の雑木林の面形を偲ぽせる林が今も残されており、この貴重な自然環境は可能な限り保全する必要があります。
     仮に、サークル棟を四階建て以上にすれば、せっかく保全した樹木の醸しだす景観を損なってしまうだけでなく、全体として周囲の環境との調和も失われてしまうことになり、したがってサークル棟の高層化は考えられません。


    (2) 各施設を作るに際しては、単にその仕様を満たす施設を作ればよいというものではなく、現実にこれらの施設を利用する者の使用の便宜を考慮した形に作り上げる必要があります。
     キャンパス・プラザを例に取れば、サークル棟を四階建て以上にすると、四階以上の部屋に割り当てられたサークルに所属する学生らは、どうしてもサークル部屋に足を運ぶ機会が減少し、活動が沈滞してしまうおそれがありますので、高層化には間題があります。また、建物の設計に際しては、通風や採光、階段、緊急時の避難路の確保、さらにはトイレの数や位置等に至るまでを考慮しなければなりません。さらに、東西に並んで配置されているキャンパス・プラザの建物四棟の建物相互間の間隔は、現行計画では八・四メートルずつ確保されていますが、これは、日常のサークル、クラス活動や駒場祭(教養学部の学園祭)、新入生オリエンテーションなどで学生たちに欠かせない作品制作のためのスペースを確保することを考えたものです。また、サークル棟と食堂・購買部などの効率的な配置も、利用の便宜の面から重要です。

    (3) 従来、音楽系サークル等の出す騒音については駒場キャンパス周辺住民からの苦情が多く出ていました。駒場キャンパス再開発計画を策定するに当たっては、独り駒場キャンパス内部の利便のみを重視することなく、このような周辺住民の生活環塊に対する配慮を怠ってはなりません。
     現在の計画は、以上の点にも十分に配慮しながら策定されたものです。実は、最初、以上の点に配慮しながら、資料4として添付いたしました第一次計画が作成されました(疎甲三二)。ところが、その後、平成六年秋ころ駒場キャンパスの東側地下に、首都高速道路公団が新規路線(新山手通り)の建設計画との関係で、建物建築の工法上の問題(これは、当然に予算上の問題と関連してきます。)や設計上の問題(地下に道路が通るとなると、その上部の建物の工法や単位面積当りの建物の重量が制限を受けることとなります。)などから、第一次図面の計画をそのまま実行するには問題があることが判明いたしました。このため、駒場キャンパス東地区の整備計画の見直しが行われ、首都高速道路公団とも協議の上、平成七年夏になって資料3として添付した第二次図面(現行の計画図面と一致しています。)ができあがりました(疎甲五九)。
     右の図面をご覧いただければお分かりになるように、第二次計画(現在の計画)は、第一次計画で策定された内容に対し、前述した理念を損なわず、個々の施設の効用を保ちながら、かつ施設全体の調和を保つように配慮しつつ、前記道路予定地を可能な限り避けて全体として使用土地面積を圧縮した内容となっています。
     限定された土地面積に、右(1)ないし(2)にあげた要請を考慮しながら、必要設備を設けるという設計はかなり困難な作業であり、きりぎりの調和を実現している第二次計画を変更し、大学としてふさわしい建物という条件を充足しつつ、設計・配置をやり直すことは技術的にたいへんな困難を伴う上に、仮に可能であったとしても、そのためには、たいへんな労力と時間が必要になるのです。
     実際、駒場キャンパスの一部分を取り上げて、どこにどのような建物や設備を設置するかということだけを考えてみても、レイアウトについては、理論的にはほとんど無数の選択肢が考えられます。しかし、そのようにほとんど無数とも考えられる選択肢の中から、なぜ現在のような計画が策定されたのかということをも視野に入れれぱ、キャンパス・プラザの配置や設計の変更は、「そのことに限局して論ずれば事足りる。」といった類の問題と断ずることは到底できないと言わざるをえません。配置・設計の変更は、一部のパーツの仕様変更に類する問題として論ずれば足りるというような類の話では断じてないのです。大学は何でもいいから建物を建てて学生を入れればよいと言うものではありません。都市にさえ都市の街並みや景観というものがあります。まして大学は研究・教育の場にふさわしい品位と風格を備えたキャンパス造りが必要です。それを考慮して第二次計画が策定されているのです。
     一例を挙げますと、駒場キャンパスの東側地区の全体計画(CCCL計画)におきましては、各建物の高さと隣棟間隔が一定にそろえられえています。これは、建物と外部空間とのあいだに一定の秩序をもたらすという、設計の基本理念に基づくものです。仮に、一部の設計を変更することになりますと、これは基本理念そのものを変更することになってしまいます。たしかに、各建物の高さをまちまちにし、間隔も異ならせるという設計理念もあり得ます。しかし、これは、一見、無秩序に見える中に、微妙なリズムと活力とを表現するという設計方法でありまして、そういった設計理念でやり直すとしたら、かなりの時間と経費を必要としてしまいます。さらには、このたび、一定の秩序での建設という理念を採用した背景には、研究・教育のための静謐さを必要とする、大学という場所においては、そのような設計理念をとるべきだという判断があります。この全体的な判断の変更は、ただ駒場キャンパス東地区の設計変更にとどまらず、東京大学としてのキャンパス計画全体に影響・変更をもたらすものとなり、そのために要する時間と費用は莫大になってしまうのです。

    3 技術的な問題点
     なお、蛇足ながら付け加えれば、純枠に技術的・物理的な見地からも、配置・設計変更には、著しい困難があります。甲五七として提出させていただいた図面、あるいは、添付資料3をご覧ください。そこから、おわかりのように、駒場キャンパスの東側部分の地下には、首都高速道路の建設が予定されております。既にご説明申し上げましたように、地下部分に首都高速道路が建設される予定となっている土地については、建物の単位面積当たりの重量等について建設制限がかかってきます(なお、第三段階で昔都高速道路予定地の上に二つのサークル棟の建設が予定されていますが、これらの建物についてはその重量を六トン/平米以下に抑える必要があり、公団側と協議しつつ構造・工法を決定して行かねばなりません。)。予算措置の講じられているキャンパス・プラザ二棟を東にずらしますと、東側の建物はこの首都高速道路予定地に重なり合うことになります。したがって、遵路公団との協議を行ったうえで、設計・工法を変更することになり、かなりの時間と費用が必要となります。
  4. 裁判所におかれては、以上の事情をご勘酌くださいますようお願い申しあげる次第です。

以上