疎甲四七号証

平成九年一月三一日

報告書

東京法務局 御中

東京大学経理部主計課長 上國料 伸一

 一 報告者の地位、略歴
 私は、昭和四○年に国家公務員に採用されて以降、文部省、京都教育大学、東京農工大学、東京水産大学、名古屋大学での勤務を経て、平成七年四月より当職にあります。
 東京大学における予算・決算に関する事務は経理部主計課が所掌しており、予算に関しては東京大学の学内各部局から提出された要求のとりまとめと、文部省に提出する要求書並びに関係資料の作成、文部省関係局課との折衝、配賦された予算の学内配分及び調整を行っています。
 また、歳出予算の繰越に関して、関係資料の作成および文部省、大蔵省への折衝を行っています。
 当職は、就任以来、予算に関する事務の責任者として、これらの職務に携わっておりますので、国立大学の予算の仕組みについてご説明させていただきます。

 二 国立大学における予算請求・決定の仕組み概要
 国立大学の予算は、財政法に基づく手続で決定されることになります。
 同法一七条二項は、「‥‥‥各省大臣は、毎会計年度、その所掌に係る歳入、歳出、継続費、繰越明許費及び国庫債務負担行為の見積に関する書類を作製し、これを大蔵大臣に送付しなければならない。」としています。これを概算要求といいますが、文部大臣が右の行為に至る実際のプロセスは、同省所掌の各機関からの要求から始まります。
 1 国立大学に関する概算要求は、前年度の四月に、まず当該国立大学の各部局の教授会(学校教育法五九条)において、当該部局に関して、整備の必要なもののうち、緊急性の高いものを厳選して要求事項を決定し、それを学長に提出することから始まります。
 学長は、各部局から説明を受けた後、評議会に大学としての概算要求の方針を諮ります。国立大学の評議会に関する暫定措置を定める規則六条二号(末尾添付)は、「予算概算の方針に関する事項」を評議会の審議事項としています(なお、東京大学は、これを受けて、東京大学評議会内規六条七号(末尾添付)で、「予算概算と実施の方針」を評議会の審議事項としています)。ここで審議された方針に基づいて、各部局の多様な要求に対して、全学的な観点から検討を加え、緊急性の高い事項を優先して、大学としての要求事項が決定されます。そして、七月初旬に、大学としての概算要求書を文部大臣に提出するのです。
 2 文部省は、その所掌する全国立大学(および研究機関等)からの要求をとりまとめ、各大学等から説明を受けた後、関係各局課において十分な検討調整を行い、さらに予算省議の検討を経て、その採否を決定します。これによって、国立学校特別会計の概算要求書が作成されることになり、これは八月末までに大蔵大臣に提出されます(予算決算及び会計令八条三項(末尾添付))。
 3 文部大臣から大蔵大臣に対して提出された概算要求書に基づき、大蔵省が、大蔵省原案を作成します。各省庁から説明を受け、あるいは、資料の提出を求め、国の財政状況等を勘案して、大蔵省原案ができあがるのは、通常、一二月のことになります。その後、各種の折衝を経て、閣議において翌年度予算の政府案が決定されます(憲法七三条五号、財政法二一条)。

 4 内閣は、閣議決定された翌年度予算の政府案を国会に提出します(憲法八六条)。これは常例としては一月中になされることになっています(財政法二七条)。
 国会における審議を経て、予算が成立しますと、内閣から、文部大臣に対し、予算が配賦されます(財政法三一条)。しかし、施設整備費に関しては、さらにもう一つ手続が必要です。すなわち、財政法三四条の二に基づき、文部大臣は、「当該歳出予算‥‥‥に基づいてなす支出負担行為(‥‥‥)の実施計画に関する書類を作製して、これを大蔵大臣に送付し、その承認を経なければならない」のです。これは五月下旬頃となります。
 この段階に至っても、いまだ実際の予算執行はできません。この実施計画に関する大蔵省の承認があった後、各大学に予算の示達がありますが、大学事務局は、当該計画の実施設計を行い、これにつきい文部省の審査を経ることになります。さらに、大学事務局と文部省の間で予算執行の事前協議を行い、文部省の承認が得られた後やっと予算を執行できることになります。これは、通常、七月下旬になります。
 5 以上によりおわかりのように、実際に予算措置が実現するのは、各学部における決定から、実に一年四カ月を必要とし、その間、要求資料の作成や、様々な会議等における審議の手続を経なければならないのです。そして、これ以前に各学部における検討、審議があることは、いうまでもありません。
 旧駒場学寮の跡地への建設につき予算措置の講じられた、いわゆるキャンパス・プラザについても、東京大学教養学部が、その最初の構想を発表したのは平成五年六月であり、それからでも既に三年半が経過し、また、その最初の構想を検討し始めたのは、それよりもずっと前のことだと思われます。当職の知りうる限りでも、実に長い機関と、大量の労力が投入されていることを、申し述べておきたいと思います。

 二 会計年度独立の原則と例外としての繰越
 1 さて、以上のようにして決定され、執行が認められるに至った予算は、当該会計年度内において支出すべきものであります。仮に支出し終わらない予算が残れば、これは不用とされ、返上されることになります。財政法一二条が、この「会計年度独立の原則」を定めたものと解されております。
 もっとも、例外的に歳出予算を翌年度に繰り越すことが認められる場合もあります。財政法一四条の三第一項は、「歳出年度の経費のうち、その性質上又は予算成立後の事由に基づき年度内にその支出を終わらない見込のあるものについては、予め国会の議決を経て、翌年度に繰り越して使用することができる。」と規定しています。
 2 キャンパス・プラザ整備計画予算については、「予め国会の議決」が経られた歳出予算の部類に入り、翌年度への繰越が認められる可能性はあります。しかし、財政法一四条の三第一項が認めているのは、翌年度への繰越だけであって、さらに翌々年度への繰越は認められていないことにご注意願いたいと思います。
 キャンパス・プラザ整備計画予算の当初の計画は、平成八年七月に着工し、平成九年三月(つまり、平成八年度中)に竣工するというものでした。したがって、平成九年七月に着工できる見通しがあれば、翌年度への繰越だけで予算執行が可能ですので、大蔵省が繰越を承認することもあり得るかと思います。しかし、そのような見通しのないときには、繰越をしても翌年度に執行できないので、最初から繰越が否定されることになります。まず、「予め国会の議決」を経た歳出予算でも、当然に繰り越しできるわけではないことは、明らかにしておきたいと思います。そして、繰越が認められず、予算執行もできないときには、当該予算を返上しなければならない事態になります。
 また、仮に繰越が認められたとしても、平成九年度に当該予算が執行できないときには、やはり使用不能となります。

 三 歳出予算を返上した場合の影響
 1 歳出予算を返上した場合は、新たに概算要求を行ったうえで、予算措置が講じられるのを待つことになります。つまり、一で説明した手続が再び繰り返されることになるわけです。
 ところが、先に述べました「会計年度独立の法則」に照らしまして、翌年度中の予算執行が危ぶまれる項目については、学内手続の第一段階、すなわち東京大学教養学部教授会が東京大学長に対して学部としての予算措置の要求をすることも認められません。これは「できない」ことが法令上明確に定められているわけではありません。しかし、東京大学長としても、文部大臣としても、大蔵大臣に対して、執行が確実でない予算につき概算要求をすることができないこと、さらに無理に概算要求を行ったとしても、大蔵大臣としてそれを認めえないことはおわかりいただけると思います。
 そうなると、キャンパス・プラザ整備計画予算が翌年度、つまり平成九年度に繰り越されたものの、平成九年度中に旧駒場学寮をめぐる紛争が解決せず、予算を返上することになったといたしますと、仮に平成一○年度中に紛争が解決したとしても、教養学部が学部としての予算措置の要求を東京大学長に対してすることが可能になるのは、どんなに早くとも平成一一年四月となります。つまり、平成一二年度予算として要求することしかできなくなるわけです。
 2 以上は、可能性です。
 実際には、文部大臣から大蔵大臣に対してなされる概算要求においては、全国立大学・研究機関等の要求を取りまとめたうえで、厳しい財政事情を考慮しながら、優先度の高いものを要求することになります。そうなると、いったん認めた予算要求が執行されないために返上された場合、一大学の事情を考慮して、再度の予算措置を図ることは、他の大学・研究機関等との関係でも、著しく困難です。
 同じことは、そもそも東京大学内での調整においてもいえることであって、東京大学として文部大臣に予算措置をお願いするのは、各学部等から出される多様な要求項目から、緊急度・優先度を考慮して、さらに各学部等の利害を調整して、選択された項目です。いったん東京大学内で優先的に扱われた項目を、予算返上後、再び優先的に取り扱うことは、教養学部以外の学部等の関係でも難しいことなのです。参考資料として、東京大学の主要キャンパス施設の整備計画を添付いたしました。いかにたくさんの計画が予算措置を待っている状態にあるかが、ご理解いただけると思います。
 こうなりますと、いったん予算を返上いたしますと、キャンパス・プラザ整備計画予算につき、再び予算措置が講じられるには、かなりの期間が必要となります。一○年近くは遅れることになるか、と存じます。
 また、すでに述べましたように、キャンパス・プラザ整備計画予算に関しては、その実施計画につき大蔵大臣の承認を得ており、この実施計画に基づいて支出を行うことが求められますが(財政法三四条の二)、ここにおいては、旧駒場学寮建物の取り壊しが計画に組み込まれております(甲三四)。したがって、旧駒場学寮建物の取り壊しができない限り、予算の執行は不可能であります。 3 右のような事態に立ち至ると、学内に新たな混乱が発生することを危惧します。そもそもキャンパス・プラザ整備計画は、サークル活動場所等の厚生施設の充実を求める学生の要望に基づいて策定されたものです。旧駒場学寮から三鷹国際学生宿舎へと転居した学生、仮サークル棟においてサークル活動を行っている学生などは、新たな厚生施設ができることを前提に、そのような行動をとっているわけです。
 予算を返上し、キャンパス・プラザの完成が大幅に遅れることになりますと、このような学生やサークルとの信頼関係は大幅に損なわれ、その影響は計り知れないものがあることを付言しておきたいと思います。

                            以上

添付資料

「国立大学の評議会に関する暫定措置を定める規則」
「東京大学評議会内規」
「予算決算及び会計令」
「年次計画表(本郷・駒場I・駒場II・柏団地)」